夕日寺(御所町)のクマ騒動は10月17日のことでした。
栗の樹上にあるクマダナ クマ騒動は身近な関心事ですから、家庭でも、学校でもいきなり「人と自然との共生」と言うより、「クマ」を話題に「これからの里山のありよう」等、意見を出し合うのも良いのではないでしょうか。 【文:あっきー(大野昭雄)】 | ||
2010年、名古屋COP10(生物多様性条約第10回締約国会議)が開催され、里山保全の国際組織「SATOYAMAイニシアティブ国際パ-トナ-シップ」の発足式がとり行われました。石川県の「生物多様性ビジョン」も紹介され、石川の里山保全への取組みが広く内外に発信されました。 【文:あっきー(大野昭雄)】 | ||
もう一つは「かくし田」の存在である。長江谷には最近まで「しんがい」という方言があり、これは「新開田」ではなく、かくし田である「新開」だと言われる。
日本が近代化していった明治期以降、この「しんがい」はどうなっていったのであろうか。昭和40年頃にはまだ、へそくり、こづかい銭の事をこう呼ぶ事もあり、「かくし田」への関心をいっそう駆り立てる。よけいな事ではあるが長江谷は、賭け事がさかんで、遊び感覚から一部には「ばくち」化していた事も事実のようである。やはり非公認のものは後ろめたさがあり、人々をこうした行為に走らせたのかも知れない。
冬枯れの季節を向かえる11月下旬より、夕日寺の山々も何とか踏み込める。「かくし田」の存在も一時期、歴史の裏舞台に存在した事もこの地域のポテンシャルであろう。私たちは、日頃意識いたす事なく見逃してしまいそうな地域の歴史、文化には奥深いものがある。 【文:あっきー(大野昭雄)】 | ||
この季節は無理ではあるが、私には、子供たちへの自然体験活動の中で、どうしても見せておきたい里山の現風景がある。
前田家3代藩主利常が「改作法」により、一層の支配権を確立し、農村改革を推し進めていったのは歴史の事実である。この「長江谷」においても、わずか10年たらずで20%の石高アップをなしとげたという。それでいて村民への年貢の取立は厳しくその取り分は少なかった。暮らしは常に空腹状態であり、厳しい暮らしの現実があった。
夕日寺の「後谷」の田んぼにもこうした歴史的背景と、人たちの大変な苦労があった事と察せられる。ここは10数年前の災害で農道が随所で寸断され、トンネルも危険な状態となったが、お金をかけて復旧される事はなかった。
【文:あっきー(大野昭雄)】 | ||
2010年の夏は暑い。連日猛暑日が続いた。
アゲハなどの蝶、虫たちをけっこう引き付けている。通う風もなく、じりじりと汗ばむこの季節の里山散策は何か目的がないとやりきれない。あまり好きな花ではないが、清涼感があり独特の風味を持つ蜂蜜が取れるらしい。 【文:あっきー(大野昭雄)】 | ||